本来のスピリチュアルのあるべき姿とは?内なる自分と向き合うこと

私が精神世界に興味を持ったのは今から十年以上も前の事です。

当時は40代半ば。

一緒に会社を起こした仲間の急逝がきっかけでした。

それまでは、そんなことは考えてみたこともありませんでした。

その出来事をきっかけに、故船井幸雄氏が発行されていた月刊誌を購読したり、様々なブログを見て回っていました。

その時に出ったのが故高木明氏が主宰しておられた「やわらぎレイキ(霊気)」です。

レイキの実践を通して目指していたものとは?

当時からスピリチュアルという言葉はもちろんありましたが、どちらかと言うと「精神世界」であり、ヒーリングの手法を学ぶというよりは、「精神修養の場」のような感覚がありました。

高木氏がレイキを実践する上で目指すものとして、

◎心身の健康
◎幸福な人生
◎本心の開発

ということを掲げておられました。

◆心身の健康とは

レイキを日々活用することにより、気(エネルギー)を補給し、心身のバランスを整えることによって、健康な人はより健康に、体調の思わしくない人も、医療の専門家である医師の治療を受けながら、自分が主体となって向きあうという、病気とのよい関係が作れます。

また、家族が病気のとき、レイキを知っていると、毎日ヒーリングをしてあげることができます。痛みがやわらいだと喜ばれることもあり、それは自分のことのように嬉しいことでもあります。

◆幸福な人生とは

毎日の生活にもっと充実感をもちたい。少しでも人のお役に立ちたい。人間関係を改善したい・・・、といったことに対しても、レイキは大きな力になります。

レイキエネルギーとの交流ができることで、いろんな体験や気づきを通して自分自身が変わっていきます。幸福というのは状況によって得られるものではなく、自分の心が決めるものです。レイキは、ただ受けるだけで、そして人に流すだけで、自然にそのことを感じさせてくれます。幸福の本質に早く近づくことができます。

◆本心の開発

本心の開発とは、生まれてきた意味・目的・役割を知る作業のことです。自分が何のために生まれてきたのかを知り、それに向かって進んで行くようになると、どんなに忙しくても、苦と感じることがなく、心配や不安もなく、楽しくのびのび、笑顔で生きることができるようになります。

レイキを日々実践することで、特に意識しなくても、次第に本当の自分が現れていきます。そして、自分は何のために生まれてきたのかという答えも、次第に明らかになっていきます。

(出典元:http://www.yawaragi-reiki.com/yawaragi/index.html)

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本来あるべきスピリチュアルの姿とは?

パワースポット巡りはレイキを学んでいたころからもありましたが、最近は、神社参拝ブームみたいなものがあったり、龍神様ブームみたいなものがあったりします。

私自身は否定はしませんし、どちらかと言うと肯定派です。

とは言え、やたらと「占い」や「祈祷」など占い師や霊能者頼ったり、自分の前世が何かを知りたいなど、オカルトもどきがスピリチュアルであるかのような傾向には疑問を感じます。

ある日、突然お金持ちになったり、結婚出来たり、出世したりと、奇跡が起こることを求めているような気がします。

しかし、「地に足がついていない」とでも言うのでしょうか。

ある日、「白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる」というのに等しいくらいに、滑稽とも言えるのではないでしょうか。

会社で言えば、今の仕事もきちんと覚えてこなせていないのに、小手先の理論やテクニックばかり身に着け、実践が伴っていないのにいきなり社長にある!みたいな感じでしょうか。

本来身に着けるべき「知恵」とか、昔で言うところの「帝王学」というものが身についていない状態と言えます。

本来のスピリチュアルとは、「テクニック」でも「魔法」でもなく、自身と向き合い、内なる自分に気づくことだと思うのです。

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スピリチュアルとは魂と生きること

魂と生きる」と言うと、自身に魂(神)を宿しているのですから、自身が神とも言えます。

つまり、スピリチュアルとは本来、外に求めるものではなく、

内なる自分と対話し、自分を見つめて気づきを得ること」です。

なので、時間という軸だけで考えれば一瞬で悟る人もいるでしょうけど、普通は、長い経験の中で気付きを得ていくことになります。

実生活はもちろんですが、昔から行われている「座禅」や「内観」などによって自分自身と向き合い、対話していくことが代表的な手法かと思います。

極論、幸せの価値観や基準は人それぞれかと思いますが、スピリチュアルとは「生きることそのもの」かも知れませんね。

あとがき

解った風なことを書いてきましたが、私も「占い」もしましたし、レイキをはじめとして、様々なテクニックや技法と呼ばれるものも学びました。

結局はスピリチュアルはテクニックではない、ということに気づいたのは50代も半ばでしょうか。

遅いと言えば遅いかもしれません。

最近はレイキとは縁遠くなっていますが、「フーチー遠隔療法®」を中心に、

「人々の心身を癒し、心豊かな人生を送るためのサポートをする」

ということを実践しています。

そういう意味では、最近は「自分軸」ではなく、軸がだんだんと「他人軸」になり周りの人々にシフトしてきています。

人生、生きていればいろいろありますが、楽しいことも沢山あります。

しかし、究極は昔流行った高橋ジュージの「ロード〜第二章」にあったように、

何でもないようなことが幸せだったと思う♪

という日常がスピリチュアルなのかも(^^♪

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